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zoom RSS 【雑記】劇場版3部作公開で久々にコードギアス熱が蘇ってきました。

<<   作成日時 : 2017/10/24 21:38   >>

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いろいろ考察とかしてたら長年の引っ掛かりに答えがちょっと見えてきた気も。

テレビシリーズを3部作に分けて編集した劇場版、僕も初日に観に行ったわけですが。

【感想】映画「コードギアス 反逆のルルーシュT 興道」
http://42986506.at.webry.info/201710/article_18.html

テレビシリーズはずいぶん昔に完結したとはいってもスピンオフの「亡国のアキト」5部作もありましたしスパロボにも参戦してたのでそんなに記憶が薄れてるわけではないんですよね。
とはいえテレビシリーズ自体はしばらく見返してないので今回の劇場版はほんとに面白かった。単なる総集編じゃなく構成とか絶妙でしたしね。いまさらながらすごい作品だったなあと再認識してるわけですが。

で、3部作をどういう形で区切るのかというのが大きな興味だったわけですが、1期とR2合わせて全50話のうち「T 興道」は17話「騎士」まで。藤堂救出とそこでスザクがランスロットのパイロットだとルルーシュにバレるところまでですね。個人的には20話の「キュウシュウ 戦役」くらいまでやるんじゃないかと思ってたんですがわりと意外なところで締めたという。もっとも改めて思い返すとむしろここで切ったのは正しいかも。ルルーシュとスザクという二人の関係を映画の大きな軸として考えるならここでいい。

ただこういう分け方とすると残る「U 叛道」と「V 皇道」をどう区切るかもあるていど予想がついた気が。「U 叛道」は1期の18〜25話までとR2の8話「百万 の キセキ」までの計16話、「V 皇道」はR2の9〜25話までの計17話という均等に3分の1ずつ分けそう。
個人的には「U 叛道」は1期21話からR2の13話までの計18話にまとめるんじゃないかと予想してたんですよね。ユーフェミア死亡イベントで始まりシャーリー死亡イベントで終わるという構成なら衝撃度とか考えてもうまくまとまると。そして「V 皇道」で残り12話をじっくりやるのではと。しかしどうもそうではなさそうな気が。


そしてこういう予想をしているうちに長年引っ掛かりを覚えていた「シャーリー死亡」について今更ながら気が付いたことがありまして。
今回の「T 興道」ではマオに絡んだエピソードがばっさりカット。これは尺の都合で僕も予想してたので特に意外ではありませんでした。それと同時にシャーリー関連でかなりの変更があったんですよね。ナリタでシャーリーの父がゼロの犠牲になるという展開がどうやらなくなっていてシャーリーもゼロがルルーシュだと知ることはなくヴィレッタを銃で撃つのもディートハルトに変更。しかしながらシャーリーが街でルルーシュを探し回るシーンが何度もわざわざ新規作画カットまで作って描かれているのでこのまま何のイベントもなく終わるということはあり得ないわけで。

で、長年の引っ掛かりというのはR2の13話でシャーリーが死んだことではなくその後の展開だったんですよね。一言で言えば「雑だなあ」と。
シャーリーというキャラそのものというより彼女がらみのエピソードがほんとにいい出来のものばかりだったので好きでしたし彼女の死のシーンはものすごく心揺さぶられました。ただそのあとでルルーシュと実行犯であるロロがどう描かれるかというのが個人的な注目ポイントだったわけですが。ちなみにロロは相当叩かれてましたけど実は彼もけっこう好きなキャラだったのでかなり複雑だったんですよね。スパロボでも使いまくったなあ。
僕としてはロロがシャーリー殺害に対して初めて罪悪感なり嘔吐感みたいなものを抱くキャラとしての変化を期待してたんですが特にそんなこともなく19話で何やらきれいに死亡、ルルーシュもシャーリーの一件はもうなかったような感じで消化してしまったように見えたわけで。
「あのエピソードは一体何だったの?」という疑問、というよりシナリオそのものへの不信感みたいなものに変わってしまったんですよねー。R2の後半は単にインパクトだけ考えたぶつ切りのイベントを並べただけみたいに感じてしまって。そんなわけでものすごく好きな作品ではあるんですが最後のほうはわりと冷めた感覚で視聴してしまったこともまた事実。

そんなわけで今回の劇場版の「V 皇道」もたぶん30分くらいで中華連邦の話を終わらせてそのあと適当にシャーリー死亡シーンでも入れるというまた雑なやり方するんじゃないかとの危惧もちょっと心の片隅にあったわけですが。ただ3部作という形での時間配分とかの構成を自分でも考えてるうちにちょっと気が付いたことがあったんですよね。シャーリーが死んだことの意味について。
当時は単にルルーシュが転落していき黒の騎士団を追われる要因となるネガティブな事件としてのみ考えていたわけですが。あれ以来、アッシュフォード学園で学生をやることも完全にやめてしまいましたしすべてを失う始まりだったんだろうと。

しかし「T 興道」を見て改めてルルーシュとスザクの関係こそがこの作品の中心軸と考えるとシャーリーの死は「スザクがユフィを殺したルルーシュを赦す」という流れの始まりだったのでは、という考えに思い至ったわけで。
R2は13話からOPとEDが新しくなったんですけど僕は1〜13話と14〜25話で大きく分かれてると思ってたので1話早いんじゃないかとも思ってたんですよね。ただ思い返してみると13話から始まったのは確かに平和な日常の終焉でもあるんですが同時に「赦しの連鎖」の始まりでもあったんじゃないかと。
ルルーシュを赦せないというスザクにシャーリーが「赦せないんじゃなくて赦したくないだけ」と言うシーンがありましたけど、そのあとでロロに撃たれたシャーリーの最期の言葉。ルルーシュへ想いを伝える感動的なシーンではありますけどそれ以上に重要だったのは父を死なせたルルーシュを赦したことだったんではないかと。
肉親を殺されたシャーリーが赦せるのならルルーシュやスザクだって他人を赦すことはできるはず。だからこそルルーシュはロロを赦し、そしてスザクもルルーシュを赦すという流れが13〜25話で描かれたのかなと。そう考えると新OPとEDが13話からというのはむしろ必然だったのかもしれませんね。


と、こんなことを考えていたら10年近く割り切れなかった感情にちょっと折り合いがついたかも。まあそれでもやっぱり「雑」という点においては言いたいことはありますけどね(笑)。もっとうまく描けたのではと。とはいえこういう風に考えられるようになったのも今回の劇場版のおかげですね。

ただそうは言っても今度は別の問題が。テレビシリーズの方には自分なりの答えは見つかりましたけど劇場版ではシャーリーの父親は死んでないかもしれないわけで。それだとシャーリーが赦すルルーシュの罪もなくなるわけで「赦しの連鎖」は生まれない。このへんどう改変するのかという別の興味も新たに出てきたんですよね。

こうやってコードギアスのことを真剣に考えるのもほんとに久しぶりです。やっぱり面白い作品ですよねー。「U 叛道」と「V 皇道」ではテレビシリーズからさらに大きな変化もあるようなので楽しみです。
ただその前にできればもう一回「T 興道」を劇場で見ておきたいですね!

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